2019年9月24日火曜日

松川のたたかいに学び


岩渕 友 参議院議員
「国会かけある記」

9月21日と22日、松川事件から70年の全国集会が行われ、参加してきました。福島市松川町でおきた列車転覆をめぐって、20人が犯人にでっちあげられた事件です。検察が隠ぺいしていた証拠となるメモが明らかになり、国民的な運動がおきるなかで、死刑・無期懲役とされた20人の被告は全員が無罪を勝ち取りました。戦後の占領下で労働運動や平和を求める声を押しつぶそうと謀略・弾圧事件が相次いぐなか、戦後最大の冤罪事件といわれています。人権を守り、自由と民主主義を守り、平和を守る、先輩方のたたかいに学ぶことが多いと改めて感じました。
 集会では「私の松川」を語る方が何人もいらっしゃいました。それだけ多くの方が「こんなおかしなことは許せない」と運動に立ち上がり、一人ひとりに深く根付いた運動だったのだと思います。
東京電力福島第一原発事故のあと、「松川のようにたたかおう」ということが一つの合い言葉になっていました。国民的な運動で、国と東京電力に立ち向かおうという思いが込められていたと思います。松川のたたかいは今にいきています。
安倍政権が嘘とごまかしの政治を続け、国民の目も耳も口もふさぎ、憲法を変えようとする今こそ、松川の教訓がいきるときだと感じます。市民と野党が力をあわせて、安倍政権・自民党政治に代わる新しい政権をつくろうということに足を踏み出そうという今、松川のたたかいに学びながら、私も大いに頑張りたいと思います

2019年9月21日土曜日

新しい政治実現へ尽力


岩渕 友 参議院議員
「国民の願いを胸に」

 安保法制・戦争法の強行から4年。19日、議員会館前に集まった3000人の方々と声をあげました。4年前、国会前で声をあげ続けたこと、その後、共産党がすぐに戦争法廃止の国民連合政府の実現をよびかけたことに力がわいたことを思い出しました。
 あれから4年。参議院選挙では13項目の共通政策で合意し、全国で10人の野党統一議員が誕生しました。さらに埼玉や岩手の県知事選挙での勝利と、市民と野党の共闘が大きく発展してきたことを実感しています。
 参議院選挙で共闘した野党・会派に対して、安倍政権・自民党政治に代わる政権を野党が一緒につくろうじゃないか、話し合いをぜひやろうじゃないかという呼びかけを党が行っています。
 さっそく行われた、れいわ新選組の山本代表との会談で、新しい政権をつくるために協力しようという確認がされました。そして消費税廃止をめざして力をあわせていくことも確認をされました。
 先日うかがったところで、「共産党以外に消費税廃止をめざす政党がでてきたのはすごい」「野党が政権をつくる時代になった」と歓迎の声が寄せられました。
 今の政治って何かおかしい、そんなモヤモヤが国民の中に広がるなかで新たな運動も始まっています。
 「野党は共闘」という声を「野党はともに政権を」という声に。私も新しい政治の実現に力を尽くしたいと思います。

(9/21「しんぶん赤旗」掲載)

2019年9月18日水曜日

安倍政権一日も早く終わらせよう


紙智子 参議院議員
「国会かけある記」


「司法がまた、善良な漁民と国民に対して一筋の希望を与えてくれたと思っています」。
「よみがえれ!有明訴訟」原告団の発言です。
ムダな公共事業である長崎県の諫早湾干拓事業。「ギロチン」と呼ばれた潮受け堤防のテレビ画像がよみがえります。堤防が出来て漁業被害に苦しみ漁業者は開門を求める裁判を起こし、2010年に福岡高裁は開門を命じる判決を出しました。当時、民主党政権が受け入れたため判決は確定しました。
ところが、政権に復帰した安倍政権は、堤防の開門義務を放棄すると表明し、福岡高裁は2010年の確定判決を無力化する不当判決を出したのです。
最高裁は13日、「開門しない」とした福岡高裁判決を破棄し差し戻しを命じました。
確定判決を無力化した判決を「司法による司法の否定だ」と激しく非難した馬奈木団長も、「かろうじて司法の信頼が保たれた」と述べました。一筋の希望が見えた瞬間です。
開門したくない安倍政権は、最高裁まで争いたいと言いました。最高裁で国の主張が認められなかった以上、開門判決を完全履行すべきです。
 話は変わって、北海道の諸団体を訪問し、課題と要求を聞きながら意見交換しました。目の前に迫った消費税増税への怒り、社会保障切り捨ての深刻な実態、大学入試のための英語検定を導入するから予約金3000円を払えと言う文科省、高校生に怒りと不安が広がっています。とんでもない安倍政権は一日も早く終わらせましょう。

2019年9月14日土曜日

被災者支援 柔軟な制度に



紙 智子 参議院議員
「国民の願いを胸に」

 北海道胆振東部地震から1年。37人が亡くなった厚真町で7日、追悼式が行われ、畠山和也前衆院議員と参列しました。
 一瞬のうちに家族を亡くされた遺族の方が「亡くなられた人は、(自分が)いつまでも泣いているのは見たくないのではないか、一日も早く普通の日常に戻ることを願っている」と言われる言葉に胸を打たれます。復興への決意を新たにしました。
 先立つ4日には、岩渕友参院議員、畠山さんとともに被災地のむかわ町、厚真町、安平町を訪ね、復興への取り組みや苦労されていること、課題についてお聞きしました。
 3町で今も201世帯427人が仮設住宅での暮らしを余儀なくされています。集会所でお話をうかがうと、「医療費免除も8月で打ち切りになり、残念だ。生活費が足りなくなる。延長してほしい」などと言われます。
 3町の共通課題は、住まいの問題です。町長さんは、激甚災害に指定されても被災棟数の違いから、災害公営住宅を建てられないなど支援が受けられない、商業施設の支援も含め、もっと充実してほしいと要望が出されました。
 被害の大きさは、一人ひとりに深刻にのしかかるのに、被害戸数の違いで支援を受けられない。なんとも納得がいきません。被災者の立場に寄り添って、制度を実態に合わせて柔軟に見直していくことが重要だとつくづく感じました
(9/14付「しんぶん赤旗」掲載)

2019年9月11日水曜日

今こそ自由と民主主義の旗を


畠山和也 前衆議院議員
「かけある記」

日本と韓国の関係が悪化しています。「徴用工」問題で、個人の請求権は日本政府も認めているのに、対抗するため貿易の規制に踏み込んだ日本側に原因があります。安倍首相が過去の植民地支配についての反省を見せていないことも重大です。
 他国を蔑(さげす)む社会の空気の広がりに加え、札幌市では安倍首相の街頭演説にヤジを飛ばした市民が道警に囲まれ、排除される事態も起きました。違いや異論を認めず封じ込める現状を、民主主義国家と呼べるでしょうか。
 戦後、日本共産党員を「破壊主義者」として社会的に排除していったのがレッド・パージでした。北海道でも炭鉱や製紙、公務などの職場や地域で孤立させられ追い出され、家族にまで長年の苦しみを与え続けた「戦後最大の人権侵害」です。
 先日、被害者の名誉回復と補償を求める道懇話会の総会に参加しました。被害者が声をあげたことでレッド・パージは再び歴史の舞台に登場し、日本弁護士会は二度に渡って救済申し立てを勧告するに至りました。運動の成果に胸を張ろうと、総会では呼びかけられました。
 被害者の名誉回復は、思想・良心の自由、言論・表現の自由を取り戻すたたかいです。これは今ある自由を守り、次の世代に自由を引き継ぐことと一体です。まして日本共産党そのものへの攻撃だけに、今を生きる私たちの自分事です。自由と民主主義の旗を掲げてきた先輩たちの不屈さを、しっかり継いでいきたい。

2019年9月7日土曜日

「鉄路守れ」こぞって


畠山 和也 前衆議院議員
「国民の願いを胸に」

 選挙の応援で妹背牛(もせうし)町へ行った際に利用したJR深川駅は、JR北海道がバス転換を狙っている留萌本線が通ります。駅前の商工センターには、「守ろう活(い)かそうJR留萌線」の大きな垂れ幕が掲げられています。
 駅構内で2枚のポスターが目につきました。一つは、市民が団体乗車すれば割引きすると利用を促す深川の市のポスター。もう一つは、日高本線が災害で代行バスを走らせているとのJR北のポスターです。
 JR北のものは4年前から張っていて日焼けして白くなり、おわびの文字もかすんでいます。鉄路だけでなくポスターも直さないのかと、思わず苦笑いです。
 公共交通としての鉄道を守れ、災害復旧は優先しておこなえー3日、札幌での緊急集会は熱気に包まれました。日高本線、函館本線・山線をめぐる現状の報告をうなずいて聞く参加者の姿。町づくりや農産物輸送からも鉄路は必要だとの具体的な提起。日本共産党の私と新社会党道本部の小柳政行書記長も連帯のスピーチをしました。
 池田拓・浦河町長は住民懇談会で、日高本線を残す意義を熱く語られたと聞きます。利用促進の努力をしている自治体や住民団体、通学の高校生、通院に使う高齢者や障害者、そして観光にこられる方々の誰もが鉄道を必要としています。戦闘機を爆買いする金があるなら鉄路を守れ!

2019年9月4日水曜日

原発ゼロ・再生可能エネルギーへの転換を


岩渕 友 参議院議員
「国会かけある記」


道議団と日本原子力研究開発機構・幌延深地層研究センターに調査に行ってきました。住民との約束である「研究期間20年程度」という期限が迫るなかで、調査直前にセンターが研究期間を10年延長するという提案を行った直後の調査となりました。
 前日に行った反対運動をするみなさんとの懇談では、「約束違反だ」「最終処分地になってしまうのではないか」という怒りが寄せられ、すでに抗議の申し入れが行われていました。
 センター長は、さらなる延長を否定しませんでした。住民との約束は何だったのか。あまりにも不誠実です。注目が高まっていることから北海道新聞が取材し、留萌・宗谷版に掲載されました。
 8月は、日本共産党国会議員団福島チームの調査で、東京電力福島第一原発立地町の双葉町と大熊町にも行きました。双葉町は避難指示が解除されておらず、3.11のときのままの状態です。役場も見せてもらったのですが、地震で散乱した書類、時計も地震直後の時間のまま止まり、屋上からは隣接する放射性廃棄物の中間貯蔵施設が見えました。
これだけの事故を起こしておきながら、安倍政権は原発再稼働に突き進んでいます。原発を動かせば出る核のゴミ。この核のゴミの処分も、非常に難しい問題を抱え、専門家の英知を結集して研究・開発をすすめることが必要な状況です。
一刻も早く原発ゼロの政治決断と再生可能エネルギーの転換を。みなさんとさらに運動を広げたいと思います。