2020年10月31日土曜日

冷酷政治乗り越える

 

畠山 和也 前衆議院議員
「国民の願いを胸に」

 私が学生時代、仕送りやバイトの収入が少なくなると、白米とウインナーの缶詰だけで食事を済ませたものでした。しかし、コロナ禍で苦しむ今の学生は「2~3日間も食事ぬき」と深刻な現実に襲われています。
 北海道内各地で日本民主青年同盟などが行う食料支援には、恥ずかしそうにしつつも多くの学生が集まっています。
 「政治は公助であるべきです」。食料支援の活動を通じて、民青に加わった学生はまっすぐ前を見て言いました。澄んだ瞳が印象的でした。リモート講義で大学に来られない、新入生は図書館を使ったことがない、経済苦・生活困窮で退学・休学に追い詰められる学生たち。夢や進路を諦めざるをえない苦しさを、政治は本気で受け止めているのか。
 帯広市で若い方が街頭宣伝に足を止め、最後まで演説を聞いてくれました。「NHKをぶっ壊す」勢いに惹(ひ)かれて政治に興味をもったそうですが、コロナの影響で仕事を辞め、今は臨時の仕事を掛け持ちして暮らす日々。私が次の会場へ向かった後も大平亮介党市議と1時間以上、路上で語り合ったそうです。
 「若いみなさん、お金のことは心配しないでください。夢や進路、仕事を諦めないよう政治が頑張ります」
 菅首相がこのような演説をしたら、どれだけの若者が励まされるでしょう。しかし、強調したのは「自助」という冷酷な2文字。いてつく寒さを乗り越えてきた北海道から、ぬくもりの政治に変えようと訴えたい。


2020年10月28日水曜日

核兵器は「終わりの始まり」へ

 

    紙 智子 参議院議員
「国会かけある記」

新たなうねりです。25日ホンジュラスが核兵器禁止条約を批准し遂に50か国に。来年1月22日に条約が発効します。思わず「バンザーイ!」と叫びました。2017年に国連で採択されて以来、各国の努力が重ねられてきた結果です。被爆者のみなさんと市民団体の粘り強い取り組みが世界の人々の心を動かしてきたことは間違いありません。

私は20代に広島を訪ね初めての原爆ドーム、原爆記念館、そして被爆者の方からお話をうかがう機会がありました。「ピカッと光り一瞬目の前が真っ暗になり、気が付くと家から100メートルくらい離れたところに吹き飛ばされていた。家の下敷きになったお姉さんを助けようと必死に頑張ったけれど、小学生の力ではどうにもできず、火の手が迫り助け出すことが出来なかった。今も自分の心にトゲのようにささっている」、と泣きながら聞いたことを思い出します。

被爆者にとって被爆の実相を語ることは、本当につらいと思います。でもつらい記憶をあえて思い起こし、多くの人に二度と被爆者を生まないように訴え続けてきたのです。

今こそ、サーロ節子さんの言う核兵器の「終わりの始まり」への歩みを進めましょう。唯一の被爆国でありながら批准する意思を持たない日本政府を市民と野党の共同で一日も早く転換しましょう。

臨時国会が始まりました。安倍政権の継承をかかげ、国民に「自助」を求める菅政権。市民と野党の共闘を発展させ政権交代を目指します。


2020年10月21日水曜日

政権交代で原発ゼロへ

 

畠山 和也 前衆議院議員
「かけある記」
 

「衆議院の比例選挙は、どうやって議席が決まるか知ってる?」。中学生のわが子が学校で学んだらしく、思わぬ食事中の話題になりました。投票された政党名(個人名は無効!)の得票順に割り算をして、多い順に議席が割り当てられるのが比例選挙の仕組みです。その比例名簿に登載される人を「比例予定候補」と呼んでいます。

 新たに比例予定候補となった伊藤りち子・前札幌市議(小選挙区三区と重複)と、あいさつと懇談にまわりました。どこでも歓迎され、事務所の前に出て記念写真を撮ったり、「菅政権は、もっと危なくなるよ」とおのずと政権交代の話も出されました。

 十八日には札幌・大通公園で「さようなら原発北海道集会」。「北海道に核のゴミはいらない」との横断幕が掲げられました。文献調査に町長が応募した寿都町から、ペンションを経営している槌谷(つちや)さんが駆けつけて「小さな自治体の住民が、仕事や家庭のことがありながらも必死にがんばっています」と述べた、その一言一言が胸に響きました。原発政策の行きづまりを地方へ押しつけていることに、菅首相は心が痛まないのでしょうか。

 各政党スピーチは日本共産党から私が、経産省は交渉で「国は甘いことをしない」と述べていたこと、立憲民主党の道下大樹衆院議員は国会に原発ゼロ法案を提出していることを紹介しました。この野党共同提案を実現するために、本気で政権交代を! ぜひ全道で大きな声にしてください。

 

2020年10月17日土曜日

語り部にタブーなぜ


 岩渕 友 参議院議員

「国民の願いを胸に」

 東日本大震災・原子力災害伝承館」(福島県双葉町)へ行きました。同館をめぐっては、語り部の活動マニュアルに「特定の団体」を批判しないことを求める記述があり、ここに国や東京電力が含まれるとされ、問題になっています。

 伝承館の役割は、二度と原発事故を起こさないために被害の実相をありのままに伝えることのはず。語り部が語りたいことを語れない、などということがあってはなりません。

 生業(なりわい)訴訟の仙台高裁の判決は、国を厳しく断罪しました。ところが国と東京電力は、被害者の声に背をむけ上告しました。東京電力はもちろん、国が自らの責任を認めることが、原発事故を繰り返さないことにつながると思います。国は責任を果たせと引き続き求めていきたい。

 もう一つ印象的だったのは、事故前に行われていた体験学習記録集の展示です。そばに原発立地によっていかに人口が増えたかを示すグラフもありました。

 「一番すごいなあと思ったことは生活が豊かになったという話」「貧しい生活から豊かな生活へ地域が変わってきた」といった感想を読みながら思ったのは、「核のごみ」をめぐって首長が「文献調査」に応募した寿都(すっつ)町と神恵内(かもえない)村のことでした。

 住民に分断をもち込み、原発のツケを地方に押し付けるやり方をやめること、何より原発ゼロの決断を国に厳しく迫っていきたいと思います。


2020年10月14日水曜日

人口減少や財政困難につけこむな


岩渕 友 参議院議員
「国会かけある記」

 寿都町長と神恵内村長が「核のごみ」の最終処分に関わって、文献調査への応募を表明しました。住民説明会でも反対の声が相次ぐなか、寿都町では全員協議会が非公開で行われ、議事録も公開されないなど、住民の不安にこたえ、十分な議論が行われたとはとてもいえないなかでの表明です。

 この問題を考えるとき、いつも福島のことを思い出します。先日、福島県双葉町にオープンした「東日本大震災・原子力災害伝承館」に行ってきました。原発事故前、原発周辺の子どもたちに行われていた原発の体験学習。その記録集の一部が展示されていました。「一番すごいなあと思ったことは、生活が豊かになったという話」「貧しい生活から豊かな生活へ地域が変わってきた」などと書かれた作文とともに、原発立地とともにどれだけ人口が増えたかを示すグラフがありました。今も変わらぬやり方にがく然とします。国は、人口減少や財政の困難さといった地域の苦しさにつけこむようなやり方をやめて、自治体が住民のくらしを守るために必要な財政的な保障を行うべきです。
 原発事故後、避難所などで「事故が起きるなんて思ってなかった。こんなことになるなら原発なんてなければよかった」と何度も聞きました。安全神話の繰り返しではなく、十分な情報と議論が必要です。
 住民の方々から、撤回は可能、ここからだという声があがっていると聞きました。引き続き、連携をとりながら取り組んでいきたいと思います。


2020年10月7日水曜日

政府の責任で米価緊急対策を

 

紙 智子 参議院議員
「国会かけある記」

菅政権の特徴があらわになる問題が出てきました。日本学術会議への人事介入です。学術会議が提案した新会員のうち6名が菅義偉総理によって何の説明もなしに任命を拒否されたのです。意に沿わないからと拒否する。学問の自由を踏みにじる暴挙であり決して看過できません。これが安倍政権継承の本質です。

10月は収穫の秋。喜びはひとしおですが、今年はコロナ禍で様々な影響が出ています。農民連や全国食健連は1日、農林水産省前で米価暴落阻止集会を行いました。「コメつくってメシ食えない!」の横断幕。米価暴落で生産費がまかなえず赤字になるのです。作柄の良し悪しで米の価格が乱高下しないように生産調整してきましたが、安倍政権が減反政策と所得補償を廃止しました。新型コロナ感染症の拡大で外食需要が落ち込み行き場を失ったコメが在庫として積み上がりました。政府が備蓄用として市場から隔離するなど、責任を持って対応してほしいという農家の訴えは当然です。「コメつくってメシ食える」緊急対策が必要です。

9月には種苗法の調査で茨城県つくば市の農研機構と笠間市の県生物工学研究所を訪問し、種の研究・開発について説明をうけました。収量・品質に優れる作物品種は長年の研究で開発されます。新たな品種登録の出願の審査も行っています。貴重な遺伝資源を次世代に引き継ぐことや育種の力は農家の知恵と努力が欠かせないことを学びました。