岩渕 友 参議院議員
「国会かけある記」
4月末、田村智子委員長と、東日本大震災と東京電力福島第一原発事故から15年の福島、宮城を調査しました。
第一原発が立地する双葉町では、今も避難指示が解除されていない帰還困難区域にある住宅団地を案内してもらいました。家はそのままで、まるで人が住んでいるかのようでしたが、電線には蔦が何重にも絡まってたるみ、草や木々が生い茂っています。
家を建て1年で避難せざるを得なくなったお宅、門柱の真ん中に木がどんと生えている家もありました。人が住んでいればこんなことにはなりません。
浪江町津島地区では、住民の方々から話をききました。ここは第一原発から30㎞ほど離れた山間部で、事故当時は津波などから避難する町民を受け入れていました。ところが、当時の風向きなどで放射線量が高くなっていたことが後から分かりました。帰還困難区域ですが、一部は国が除染などを行って避難指示を解除した地域になっています。
受け継がれてきたお祭りのこと、農作業のことなど、みなさんの話から事故前の豊かな暮らしが分かります。国は帰還困難区域のうち、戻ることを希望する家のまわりを除染して避難指示を解除しようとしています。「面で汚して、点でしか除染しないのはおかしい」という声が次々出されました。
原発事故の被害は今も続いています。ところが、国は事故などなかったかのように原発を進めています。原発ゼロの実現のために引き続き力を尽くします。