2018年9月27日木曜日

今こそエネルギー転換へ


岩渕 友 参院議員
「国会かけある記」

 日本共産党国会議員団福島チームの調査で福島県いわき市
へ足を運びました。実は、いわき市は母の実家があり、
子どもの頃は家族で海水浴によく出かけていました。
「砂浜が見えないほど賑わっていた海水浴場が、原発事故
後、10人から15人しかいないという日もある」。
こう話をしてくれたのは、海水浴場の側にある旅館のご主人
でした。
「夏の1カ月半で、1年の7~8割の収入になっていた。
今は1割しかない」とのこと。
 ある旅館のご主人は、「『常磐もの』といわれる魚介類を使った夕食を提供する
ことができなくなって客が減り、朝食のみの提供に切りかえてなんとか営業して
いる」と悔しそうに話してくれました。
 ところが東京電力は、「原発事故の影響はなくなっている」と、損害賠償に応じ
ない姿勢に固執しています。「加害者が『時間が経ったから賠償をやめます』
なんて常識では考えられない。のど元過ぎればどうでもいいのか」「どこでも努力
をしている。欲しいのは賠償じゃなくて客なんだ」、当然の怒りです。国と東京電力
にその責任を果たせと、さらに強く迫らなくてはならないと決意しています。
 今回の北海道地震をうけて、泊原発が稼働していたらと思うとゾッとします。
集いなどで、原発ゼロとあわせて、「電力は一極集中ではなく、地域分散型に
切りかえる必要がある」と話すと、みなさんが大きく頷きます。今こそエネルギー
転換に舵を切るべきです。私も大いに訴えていきたいと思います。

野党共同で実情訴え


紙智子 参院議員
「国民の願いを胸に」

 6日未明に北海道地方をおそった大地震で、厚真町、むかわ
町、安平町では建物が崩壊、札幌市清田区や北広島市では
液状化による住宅被害で今も避難生活が続いています。
 そんな中で、不安を抱えている被災者を、地元の議員や地域
のみなさんが、一人ひとりを訪問し相談に乗っている姿に励ま
されました。
 私もさっそく国会に戻り、野党共同で政府に実情を訴え
改善を求めました。13日には福島県いわき市で街頭宣伝と
違法な太陽光パネル設置の調査。その足で北海道の羽幌町
へ飛びフェリーで焼尻島へ。
 規制改革推進会議が、農業、林業に続いて「水産政策の改革」と称して企業の
参入をすすめ家族経営をしめだそうとしています。
 また、クロマグロの漁獲枠規制が始まり、北海道は漁獲枠ゼロに。漁師に
「クロマグロを取るな」とは、とんでもないことです。20日に全国から沿岸漁業
者が集まりフォーラムと政府交渉を行い、怒りをぶつけています。
 国会の福島チームで19、20日、福島いわき市に入りました。原子力規制委員会
が「アルプスで放射性物質を除去して海に放流することに問題ない」との発言に、
県漁連やいわき市漁協から厳しい怒りの声が相次ぎました。
 安倍晋三総理は総裁選挙を終え、再選を果たしたと言いますが国民の苦難は
増すばかりです。国民の力で退陣に追い込みましょう。
(しんぶん赤旗 2018.9.25付から掲載)

2018年9月19日水曜日

地域の実情をふまえた支援を


紙智子 参院議員
「国会かけある記」

 9月6日未明、北海道胆振地方を震源とする最大震度7の
地震が北海道をおそってから、まもなく2週間になろうと
しています。もっとも揺れが大きかった厚真町やむかわ町、
安平町での建物倒壊、札幌市清田区や北広島市の液状化に
よる建物被害で、避難生活が今も続いています。今も断水
が続いているところもあります。
昼間に家のかたづけをして、夜は避難所という生活を
続け、疲れも出てきています。現時点で何が切実に
なっているのかを聞き取って、解決にあたらなければ
なりません
 学校も授業を再開していますが、子供の精神的ストレスのケアも必要になって
います。被災家屋の解体、早期の生活再建のための支援、仮設住宅などの確保も
含め、地域の実情をふまえた支援が必要です。
 商店街の復興へグループ補助金の適応、農業被害への対応も、被災農家に寄り
添った支援が必要です。
 それにしても、ブラックアウト(全道停電)が何故起きたのでしょうか。北電は
「苫東厚真発電所が全基停止することは想定していなかった」としていますが、
2012年に泊原発が停止したあと、苫東厚真など大型火力重大トラブルが起き
れば電力供給が厳しいことを北電自ら予想していたのです。なのにどうして対策を
講じていなかったのか、疑問がわいてきます。
 東日本大震災で原発事故が起きて、エネルギーも分散し地産地消でと議論されて
いたのに、何故、厚真の一つに集中していたのか、検証が求められています。

2018年9月17日月曜日

再建へ現場と心一つに


岩渕 友参院議員
「国民の願いを胸に」

 北海道を襲った台風と続く大地震。紙智子参院議員、畠山
和也前衆院議員と駆けつけたむかわ町、安平町では家屋や
店舗があちこちで倒壊していました。
 避難所では、固いマットの上で休んでいる方たちが訴え
ます。
 「家の中がめちゃくちゃだけど、1人暮らしだし、
片付けることもできない」「下着も取りに戻れない」
 最盛期のトマトも出荷できず、倉庫にはジャガイモが
散乱し、基幹産業の農業への被害が深刻です。
 北広島市の大曲地域では、川に向かって住宅が滑り流されていました。家屋の
半分近くが宙に浮いた状態のところもありました
 畠山さんとうかがったチェーンストア協会の北海道支部があるマックスバリュ。
停電による商品の大量廃棄や安全確認に時間がかかったこと、計画停電への不安
を語りました。
 「ブラックアウト」といわれる全道に及んだ停電が被害を拡大させました。
なぜこんなことが起きたのか、徹底的に明らかにしなければなりません。
 一度も自宅に帰っていないという役場職員、地元の共産党や議員のみなさん
の声かけ、住宅片付けボランティアと命と暮らしを守る奮闘が続いています。
 現場で寄せられた要望をもとに避難所の環境改善など畠山さんと道議団が
道に要請し、国会では野党の合同会議が開かれました。生活と生業(なりわい)
再建のために現場のみなさんと心一つに、私も全力を尽くします。
 (しんぶん赤旗 2018.9.15付から掲載)


 

2018年9月11日火曜日

命のメモ


畠山和也 前衆院議員
「かけある記」

 いまだ大地震の影響が続いています。停電などで苦労や不便
を強いられた方も多かったのではないでしょうか。何でもある
ような札幌市で食料が手に入らなかったり、集荷・出荷する
ことができず酪農家での生乳廃棄なども起きました。
 大地震は一瞬にして、多くの方の人生を変えました。厚真町
で土砂崩れの現場へ行くと、生活用品が散乱したまま。
宮坂尚市朗町長は「昨夜までいっしょにご飯を食べていた
家族が」と話したとたん、言葉を詰まらせました。
その後の避難所では、女性から「今日、(土砂崩れの現場
から)見つけてもらいました」と話されました。私は返す言葉が出てきませんでした。
 いっしょに町内をまわった伊藤富志夫町議は、いつもポケットに一枚の紙を入れて
いました。地震が発生した時から取り続けたメモでした。初めに発表された安否
不明者数、避難所の情報などが書かれていて、私は心の中で「命のメモ」と呼ぶこと
にしました。どれだけ伊藤町議の励ましに救われた方がいたのでしょう。
 どの町でも日本共産党の議員が走りまわっている姿が頭に浮かび、私も無我夢中で
各地をまわりました。日が経つにつれ要望もかわり、元気だった方も疲れが出ている
ころです。きめ細かい支援が欠かせません。私も道や国へ反映させます。
お気づきのことがあれば、日本共産党へご相談ください。
 札幌へ戻るとき、きれいな夕焼けが見えた日がありました。明日は今日より、
いい日でありますように。

2018年9月10日月曜日

つながる力で安心を


畠山和也 前衆院議員
「国民の願いを胸に」

 キャラバン先の洞爺湖町でぐっすり寝ていた午前3時過ぎ、
けたたましいスマホからの音とガタガタ揺れた音に目を覚まし
ました。嫌な予感がするような揺れ方。日が昇ると同時に、
胆振東部で大きな被害が出ていると知りました。
 信号が消えるなか事務所スタッフの安全運転で、まず安平町
へたどり着きました。三浦恵美子町議と合流し、避難所で要望
や不安の思いをうかがいました。近くの民家では壁や煙突が
崩れ落ちていて、今後のことでの相談にも応じました。
 震度7を記録した厚真町は、あちこちの道路が盛り上がり
液状化の箇所も。伊藤富志夫町議と避難所や、土砂崩れの現場近くまで行きました。
滑るように崩落した山肌の生々しさを前に、悔しさや悲しい思いが込み上げます。
命がかかった現場で襲われる無力感を振り切って、できる限りの時間で要望を聞いて
まわりました。
 両町とも前日、台風21号による停電が復旧したばかりでした。相次ぐ自然災害に
心身ともに疲れたことでしょう。政治・行政の力と、つながりあう力で不安を減ら
せるように、その輪のなかで私も力を尽くしたい。
 他にも道内各地には被害が広がりました。要望や気づいたことは、ぜひ日本共産党
にお知らせください。安心できる明日となるように!
 (しんぶん赤旗 2018.9.8付より掲載)