2022年8月17日水曜日

「知里幸恵 銀のしずく記念館」を訪れて

 

紙 智子 参議院議員

「国会かけある記」


北海道登別市の「知里幸恵 銀のしずく記念館」を訪れました。知里幸恵は明治生まれです(1903~1922年)。言語学の第一人者である金田一京助氏の勧めでアイヌ民族の「カムイユカラ(神謡)」の文章化に取り組みました。

 「銀の滴降る降るまわりに、金の滴降る降るまわりに、という歌を私は歌いながら流れに沿って下り、人間の村の上を通りながら下を眺めると、昔の貧乏人が今お金持ちになっていて、昔のお金持ちが今貧乏人になっているようです」。

 これは「フクロウのカムイユカラ」の冒頭の部分です。語り継がれていた話をローマ字で表記し、日本語訳とあわせて「アイヌ神謡集」にしました。知里は心臓病のために19歳で生涯を閉じました。

 私は以前、アイヌ語の話者でありアイヌ語教室の中本ムツ子先生が知里のアイヌ神謡集を歌いカムイユカラにふれたことを思い出しました。「銀の滴降る降るまわりに、金の滴降る降るまわりに」を「shirokanipe ranran pishkan.konkanipe ranran pishkan」とリズムを刻みながら歌うユカラの響きはとても心地よいものでした。

 知里は「アイヌに生まれアイヌ語の中に生い立った私は、先祖が残し伝えた多くの美しい言葉を消滅させるのは名残惜しい。いろいろな物語を、多くの人に読んでいただければ無限の喜び、無上の幸福に存じます」と語っています。その思いに少しでもふれた思いです。


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